17 人を区別する 人種や性別,国籍,障害の有無,性的指向な どに関する社会的カテゴリーについて,「最新 の科学技術を使うと,ゲノムレベルで分類する ことが可能になった」と聞くと,あなたはどの ように感じるだろうか。 一つ目のパタンは,その情報を素直に信じて 態度に表すという反応である。ウィリアムズと エバーハートの研究では,これと似たような内 容の科学的記事を作成し,アメリカの大学生の 反応を調べた(Williams & Eberhardt, 2008)。 すると,「人種は遺伝子の違いによって説明で きる」という内容が書かれた偽の科学記事を読 んだ学生は,「人種は遺伝子では説明できない」 という記事や,人種や遺伝子に全く関係のない 科学記事を読んだ学生に比べて,異人種ター ゲットと友人になることに消極的な態度を示す ようになった。人種の違いが遺伝子にあるなら ば,分かり合えないと感じたのだろう。二つ目 のパタンは,拒絶や怒りの反応である。血統や 遺伝的形質によって社会的集団に優劣をつける ことは,差別や排斥をもたらす優生思想による 政策を連想させるからである。特定の集団に優 劣をつけたいという動機のもと,生物学や遺伝 学といったもっともらしい説明を構成すること で差別を許容する社会構造が正当化された歴史 から,集団を生物学的に分類することに対して 拒絶反応を示す人も多い。三つ目のパタンは, 人種は生物学的な分類ではないとして,生物学 的な根拠を信じないという反応である。社会的 カテゴリーはあくまで社会的に構成された認知 的な枠組みであることを理解している人はこう した反応をみせるだろう。 科学記事に対する三つの反応パタンは,大き く異なるようで,実は似ている。共通してい るのは,遺伝子,DNA,血筋など,人を形作 る「何か」にはミステリアスなパワーがあるか のように感じられ,その影響力を過度に信じた り,気味悪がったり,否定したりするなどと, 敏感に反応してしまうという点である。人のあ り様の背景に生物学的で生得的な「何か」が 影響していると信じる傾向は心理的本質主義 (psychological essentialism)と呼ばれる。一 般の人だけではなく,専門家であっても,生物 学的で生得的なものの影響力を過信する認知傾 向が存在し,自己や他者,集団に対する認識や 反応を規定することが分かっている。本稿では 集団の認知に適用される心理的本質主義的信念 が,集団を区別するときの根拠として用いられ る現象を紹介する。また,「人間」の本質を持 つ者と持たざる者として人を認識する,人間 化・非人間化の認知過程についても紹介し,人 が集団を区別する際に用いる素人理論とその影 響力について考察する。 心理的本質主義 ある人が「その人」であるのは,「その人」 が生まれながらに持っている本質のせいだとい う考え方を心理的本質主義と呼ぶ。特に,社会 的カテゴリーの認知において,この心理的本質 主義の考え方は適用されやすい。例えば,「女 性は遺伝的に家事に向いている」とか,「あの 人は外国育ちだけれど,日本人の血を引いてい
集団を区別する
─ 違いは本質にこそあると信じる素朴理論
愛知学院大学教養部 講師塚本早織
(つかもと さおり) Profile─ 2015年,名古屋大学大学院環境学研究科博士課程(後期課程)修了。博士(心理 学)。名古屋大学大学院環境学研究科助教,日本学術振興会特別研究員PDなどを経て,2017年より現職。専門 は社会心理学。著書は『偏見や差別はなぜ起こる?』(分担執筆,ちとせプレス)など。18 の「仮の姿」としてDNAや血などの人の資質 が比喩的に用いられる。 集団を区別する動機と状況 では,具体的にどのような集団が本質的に異 なると認知されやすいのだろうか。例えば黒人 と白人,女性と男性のように,見た目の違いは 「本質」が原因に違いないと考える場合がある。 一方で,見た目には違いがわからないが目に見 えないところに本質的な違いがあるだろうと考 える場合もある。どちらも本質という主観的な 基準を用いて分類を正当化しているという点が 共通しているが,後者の場合,表面化していな い違いをあえて見出そうとする点において集団 を区別する動機にかかわると考えられる。 例えば,ある人の血液型がA型であるかB型 であるかなどということは,見た目ではわから ない上に,実際に血液型によって性格が違うと いう科学的根拠もない。それでもなお,「あの 人は几帳面だからA型に違いない」とか「あ のカップルはB型とO型だから長続きしてい る」などというように,観察可能な人の行動を 血液型が原因であるかのように説明することが ある。血液型ステレオタイプが日本社会で共有 される背景には,見た目で判別できなくても人 の身体の一部である血液にはその人のありよう を決定づける本質的な役割があるという素人 理論が働いていると考えられる。体内に流れる 「血」という生物学的な根拠に基づいて4種類 に人を区別することで多くのことが説明づけら れるかのように感じてしまうのである。 血液型以外に,例えば日本人と中国人といっ た国籍の違いは,いつでも目に見えるわけでは ない。ましてや,日本人が「中国人のふり」を していたらどうだろうか。塚本と唐沢は,日 本人の実験協力者に「中国人」と自己紹介さ せて,日本人参加者と交流させる実験を行っ た(Tsukamoto & Karasawa, 2015a)。実験で は,心理的本質主義の信念が強い人ほど,実験 でペアになった「中国人」との認知タイプの違 いを,個人差ではなく日本人かそうでないかを 区別する特徴であるかのように解釈しやすいこ るから奥ゆかしい」などといった言及がみられ るなら,その発言者は「女性」や「日本人」と いった社会的カテゴリーの認知に心理的本質主 義を適用しているということになる。 心理的本質主義にはいくつかの具体的な特徴 がある。その一つは,表面化していなくても 「本質」は存在すると考えることである。例え ば外面をどんなに取りつくろっても,貧乏人が お金持ちにみえることはないし,お金持ちが貧 乏人に見えることはない,というように,その 人の社会階層を決定づける本質が外見ではわか らない隠れた部分にあると信じるのである。羊 の皮をかぶったオオカミは「オオカミ」でしか ないという認知といえる。 二つ目の特徴は,「本質」を人工的というよ り自然に備わった資質であると捉えやすい点で ある。例えば,世界陸上の決勝戦を走る短距離 ランナーを見て,「足が速いDNAを持ってい るからだ」と感じるのと「良いトレーニングを 受けたからだ」と感じる場合があるが,短距離 ランナーというカテゴリーに心理的本質主義を 適用していると,前者の捉え方をしやすい。 三つ目の特徴としては,心理的本質主義は集 団と集団の隔たりをより明確にするという点で ある。ある集団の人たちは本質Aを持ってい て,別の集団の人たちは本質Bを持っていると 考えることで,集団間には「意味」が生じ,明 確な違いが存在していると感じられるようにな る。同時に,共通の本質を持つ人たちとして, 同じ集団の成員の類似性も高く認知される。 四つ目の特徴は,本質を生得的なものと捉え るという点である。ハリー・ポッターは自分が 魔法使いの血を引くことを11歳になって初め て知り,後にその能力を発揮した。ハリーの魔 法使いとしての能力は,育った環境に関係なく 生得的なものであったというわけだ。 ここまで,心理的本質主義の特徴について述 べたが,本質の実体は具体的に定義できなく てもよいとされている。「本質」は自然で,生 得的で,分類可能で,表面化していない「何 か」であれば,実は何であってもよいのである (Medin & Ortony, 1989)。日常場面では,本質
19 人を区別する とを明らかにした(図1)。心理的本質主義の 信念を適用して民族集団を捉えやすい人は,認 知タイプの違いという些細なきっかけが与えら れると「民族の本質的な違いがやはり認知にも 表れたのだ」と,本質に還元した解釈をしてし まうのである。二者間に異なる傾向があるとわ かると,本来は集団の違いから生じる傾向だと 解釈されるべきでない違いでも,心理的本質主 義による集団の理解を補強する証拠として利用 されるのである。 人間化・非人間化 ここまで,人が集団を区別する際に適用され る心理的本質主義の信念についていくつかの例 を挙げて取り上げたが,個人が属する最も包括 的な社会的カテゴリーは「人間」カテゴリーだ ろう。動物や機械と比べて「人間」は特別な資 質を持っていると感じることがある。しかし,そ れとは別に,同じ人間同士の異なる社会的集団 について,ある集団には他の集団よりも人間らし い本質が備わっていると「人間の本質」を用い た区別を行うことがある(Leyens et al., 2001)。 このような人間の本質を基準とした集団の区別 は,相手集団への強烈な差別や偏見をもたらす (Harris & Fiske, 2011)。以下では,個人や集団 に人間特有の本質的素質が備わっていると考え る人間化(humanization)と,それらが欠けて いると考える非人間化(dehumanization)の認 知を取り上げ,人間の本質を基準とした集団や 個人の認知的区別を紹介する。 英国のビクトリア女王は,動物園のオラン ウータンを見て,「あまりに不快なほど人間み たいでゾッとする」と発言したと言われている (Lemonick & Doffman, 2006)。人間は,他の 動物よりも高等な生き物であると信じたいとい う思いは,女王だけでなく多くの人の思いであ ろう。ハスラムは,「人間」カテゴリーが他の 動物と区別される際に強調される人間の本質的 な特徴をHuman Uniqueness(HU)と呼んで いる(Haslam, 2006)。理性や自制心といった 特徴は人間にはあって他の動物にはないものと してHUに含まれる(図2を参照)。HUは動物 との対比だけではなく,社会的な集団を比較す る際にも用いられる。内集団を知的で道徳的に 優れているとHUの側面によって人間化するこ とには,自己の価値を高める効果があることが 指摘されている(Waytz, Schroeder, & Epley, 2014)。しかし,このことは相対的に,外集団 の人間らしさを否定し,非人間化することに繋 がる。例えば,難民やホームレス,ポルノグラ フィーの対象となる女性や子どもなどは,道徳 性や知能が劣るといったステレオタイプにより 非人間化して認知されることがある。 他 方, 近 年 注 目 さ れ て い る の が,Human Nature(HN)と呼ばれる側面であり,これは 人間をロボットや機械などの人工物から区別す る際に強調される側面である。人間には他者を 思いやる温かい心や行動の自発性という「人間 らしさ」があり,HNによって捉えられるこう いった人間の特徴こそが人間が生得的に持ち合 わせている本質であるとされる(図2を参照)。 塚本と唐沢の実験では,「親身になる」「片付 けをする」などの特徴によって示された人物 は人間味があり,「感情の起伏がない」「事務 的」などの特徴によって示された人物は人間味 図 1 参加ペアが「中国人」と名乗る場合の日本人 参加者の思考例(Tsukamoto & Karasawa, 2015a の実験状況)
20 がないと判断され,前者は人間化,後者は非 人間化されることを確かめた(Tsukamoto & Karasawa, 2015b)。 非人間化の対象となるカテゴリーとして,事 件の加害者が挙げられる。先述した研究では, 非人間化された人物が傷害事件の加害者であっ た場合に,反省や更生の可能性がどのくらいあ るかを推測させた。その結果,非人間化された 加害者は人間化された加害者に比べて,更生や 反省といった「人間らしい」変化が期待できな いと判断された。このような判断の背景には, 加害者を「人間未満」と区別することで,た とえ反省や更生を成し遂げなかったとしても, 「人間らしい」他の人びとによって法制度や社 会秩序は維持されるという期待が働いていた可 能性がある。 ある種の人たちに人間の本質が無いと非人間 化することは,差別や偏見を助長する危険な認 知である。しかし,論理や常識によって理解す ることが困難な他者の行動をみて,「人間の本 質が欠けているから」ともっともらしい説明を 付与する非人間化の認知には,適応的な機能が あるのかもしれない。 まとめ 本稿では,たとえ表層的な違いがみられな かったとしても,目に見えない「本質」を根拠 にして個人を集団に分類するという人の認知傾 向を述べた。人間を相手に「人間の本質が欠け ている」と感じる非人間化の現象をみても明ら かだが,人が知覚する本質には科学的根拠を必 要としない。「本質」は表層的にも内面的にも 実在する必要がないという点において,本質を 根拠に用いる素人理論は非科学的といえるだろ う。しかし,心理的本質主義は,社会的カテゴ リーに対する印象や既存の社会的優劣を正当化 するためのもっともらしい説明を付与する点に おいて,集団の認知に大きな影響力を持つ。集 団が見えない本質によって「コントロール」さ れているかのように感じる際の不快感や違和 感,およびその影響力を明らかにすることで, 社会的分断を生じさせる認知的仕組みやその解 決方法を模索することができるだろう。 文 献
Harris, L. T. & Fiske, S. T. (2011). Dehumanized perception: A psychological means to facilitate atrocities, torture, and genocide. Journal of Psychology, 219 , 175-181.
Haslam, N. (2006). Dehumanization: An integrative review. Personality and Social Psychology Review, 10 , 252-264.
Lemonick, M. D. & Dorfman, A. (2006). What makes us different? Time Magazine. Retrieved from http://content.time.com/time/magazine/ article/0,9171,1541283,00.html
Leyens, J. P., Rodriguez ‐ Perez, A., Rodriguez ‐ Torres, R., Gaunt, R., Paladino, M. P., Vaes, J., & Demoulin, S. (2001). Psychological essentialism and the differential attribution of uniquely human emotions to ingroups and outgroups. European Journal of Social Psychology, 31 , 395-411.
Medin, D. L. & Ortony, A. (1989). Psychological essentialism. In S. Vosniadou & A. Ortony (Eds.), Similarity and analogical reasoning. pp.179-195. Cambridge University Press.
Tsukamoto, S., & Karasawa, M. (2015a). From interpersonal to inter-ethnic differentiation: The role of psychological essentialism. Journal of Human Environmental Studies, 13 , 13-20.
Tsukamoto, S. & Karasawa, M. (2015b). Dehumanization in the Judicial System: The Effect of Animalization and Mechanization of Defendants on Blame Attribution. Proceeding of the 10th Asian Association of Social Psychology Biennial Conference , 256-267. Waytz, A., Schroeder, J., & Epley, N. (2013). The lesser
minds problem. In Humanness and dehumanization . pp.57-75. Psychology Press.
Williams, M. J. & Eberhardt, J. L. (2008). Biological conceptions of race and the motivation to cross racial boundaries. Journal of Personality and Social Psychology, 94 , 1033-1047.
図 2 人間化(HU / HN)および非人間化(動物 化/機械化)それぞれの側面を説明する特性の例 (Haslam, 2006 を参考に作成)